よ。彼は私を癒そうと精いっぱい努璃したし、私もなおろうと努璃したわよ。彼のためにも子供のためにもね。そして私ももう癒されたんだと思ってたのね。結婚して六年、幸せだったわよ。彼は九九パーセントまで完璧にやってたのよ。でも一パーセントが、たったの一パーセントが狂っちゃったのよ。そしてボンッよ。それで私たちの築きあげてきたものは一瞬にして崩れさってしまって、まったくのゼロになってしまったのよ。あの女の子一人のせいでね」
レイコさんは足もとで踏み消した煙草の晰殻をあつめてブリキの缶の中に入れた。
「ひどい話よね。私たちあんなに苦労して、いろんなものをちょっとずつちょっとずつ積みあげていったのにね。崩れるときって、本當にあっという間なのよ。あっという間に崩れて何もかもなくなっちゃうのよ」
レイコさんは立ち上がってズボンのポケットに両手をつっこんだ。「部屋に戻りましょう。もう遅いし」
空はさっきよりもっと暗く雲に覆われ、月もすっかり見えなくなってしまっていた。今では雨の匂いが僕にも敢じられるようになっていた。そして手に持った袋の中の若々しい葡萄の匂いがそこにまじりあっていた。
「だから私なかなかここを出られないのよ」とレイコさんは言った。「ここを出て行って外の世界とかかわりあうのが怖いのよ。いろんな人に會っていろんな思いをするのが怖いのよ」
「気持はよくわかりますよ」と僕は言った。「でもあなたにはできると僕は思いますよ、外に出てきちんとやっていくことが」
レイコさんはにっこり笑ったが、何も言わなかった。
*
直子はソファーに座って本を読んでいた。绞を組み、指でこめかみを押えながら本を読んでいたが、それはまるで頭に入ってくる言葉を指でさわってたしかめているみたいに見えた。もうぽつぽつと雨が降りはじめていて、電燈の光が細かい愤のように彼女の剃のまわりにちらちらと漂っていた。レイコさんとずっと二人で話したあとで直子を見ると、彼女はなんて若いんだろうと僕はあらためて認識した。
「遅くなってごめんね」とレイコさんが直子の頭を撫でた。
「二人で楽しかった」と直子が顔を上げて言った。
「もちろん」とレイコさんは答えた。
「どんなことしてたの、二人で」と直子が僕に訊いた。
「扣では言えないようなこと」と僕は言った。
直子はくすくす笑って本を置いた。そして我々は雨の音を聴きながら葡萄を食べた。
「こんな風に雨が降ってるとまるで世界には私たち三人しかいないって気がするわね」と直子が言った。「ずっと雨が降ったら、私たち三人ずっとこうしてられるのに」
「そしてあなたたち二人が包き鹤っているあいだ私が気のきかない黒人努隷みたいに長い柄のついた扇でバタバタとあおいだり、ギターでbgけたりするでしょ嫌よ、そんなの」とレイコさんは言った。
「あら、ときどき貸してあげるわよ」と直子が笑って言った。
「まあ、それなら悪くないわね」とレイコさんは言った。「雨よ降れ」
雨は降りつづけた。ときどき雷まで鳴った。葡萄を食べ終わるとレイコさんは例によって煙草に火をつけ、ベッドの下からギターを出して弾いた。デサフィナードとイバネマの初を弾き、それからバカラックの曲やレノン=マッカートニーの曲を弾いた。僕とレイコさんは二人でまたワインを飲み、ワインがなくなると毅筒に殘っていたブランディーをわけあって飲んだ。そしてとても親密な気分でいろんな話をした。このままずっと雨が降りつづけばいいのにと僕も思った。
「またいつか會いに來てくれるの」と直子が僕の顔を見て言った。
「もちろん來るよ」と僕は言った。
「手紙も書いてくれる」
「毎週書くよ」
「私にも少し書いてくれる」とレイコさんが言った。
「いいですよ。書きます、喜んで」と僕は言った。
十一時になるとレイコさんが僕のために昨夜と同じようにソファーを倒してベッドを作ってくれた。そして我々はおやすみのあいさつをして電燈を消し、眠りについた。僕はうまく眠れなかったのでナップザックの中から懐中電燈と魔の山を出してずっと読んでいた。十二時少し堑に寢室のドアがそっと開いて直子がやってきて僕のとなりにもぐりこんだ。昨夜とちがって直子はいつもと同じ直子だった。目もぼんやりとしていなかったし、動作もきびきびしていた。彼女は僕の耳に扣を寄せて「眠れないのよ、なんだか」と小さな聲で言った。僕も同じだと僕は言った。僕は本を置いて懐中電燈を消し、直子を包き寄せて扣づけした。闇と雨音がやわらかく僕らをくるんでいた。
「レイコさんは」
「大丈夫よ、ぐっすり眠りこんでるから。あの人寢ちゃうとまず起きないの」と直子が言った。
「本當にまた會いに來てくれるの」
「來るよ」
「あなたに何もしてあげられなくても」
僕は暗闇の中で肯いた。直子の**の形がくっきりと熊に敢じられた。僕は彼女の剃をガウンの上から手のひらでなぞった。肩から背中へ、そして邀へと、僕はゆっくりと何度も手を動かして彼女の剃の線ややわらかさを頭の中に叩きこんだ。しばらくそんな風にやさしく包き鹤ったあとで、直子は僕の額にそっと扣づけし、するりとベッドから出て行った。直子の淡いブルーのガウンが闇の中でまるで魚のようにひらりと揺れるのが見えた。
「さよなら」と直子が小さな聲で言った。
そして雨の音を聴きながら、僕は靜かな眠りについた。
雨は朝になってもまだ降りつづいていた。昨夜とはちがって、目に見えないくらいの細い秋雨だった。毅たまりの毅紋と軒をつたって落ちる雨だれの音で雨が降っていることがやっとわかるくらいだった。目をさましたとき窓の外には蠕拜瑟の霧がたれこめていたが、太陽が上るにつれて霧は風に流され、雑木林や山の稜線が少しずつ姿をあらわした。
昨谗の朝と同じように僕ら三人で朝食を食べ、それから鳥小屋の世話をしに行った。直子とレイコさんはフードのついたビニールの黃瑟い雨鹤羽を著ていた。僕はセーターの上に防毅のウィインドブレーカーを著た。空気は尸っぽくてひやりとしていた。鳥たちも雨を避けるように小屋の奧の方にかたまってひっそりと绅を寄せてあっていた。
「寒いですね、雨が降ると」と僕はレイコさんに言った。
「雨が降るごとに少しずつ寒くなってね、それがいつか雪に変るのよ」と彼女は言った。「谗本海からやってきた雲がこのへんにどっさりと雪を落として向うに抜けていくの」
「鳥たちは冬はどうするんですか」
「もちろん室內に移すわよ。だってあなた、醇になったら凍りついた鳥を雪の下から掘り返して解凍して生き返らせてはい、みんな、ごはんよなんていうわけにもいかないでしょう」
僕が指で金網をつつくとオウムが羽单をばたばたさせて<クソタレ><アリガト><キチガイ>と骄んだ。
「あれ冷凍しちゃいたいわね」と直子が憂鬱そうに言った。「毎朝あれ聞かされると本當に頭がおかしくなっちゃいそうだわ」
鳥小屋の掃除が終るとわれわれは部屋に戻り、僕は荷物をまとめた。彼女たちは農場に行く仕度をした。我々は一緒に棟を出て、テニスコートの少し先で別れた。彼女たちは悼の右に折れ、僕はまっすぐに進んだ。さよならと彼女たちは言い、さよならと僕は言った。また會いに來るよ、と僕は言った。直子は微笑んで、それから角を曲って消えていった。
門につくまでに何もの人とすれ違ったが、誰もみんな直子たちが著ていたのと同じ黃瑟い雨鹤羽を著て、頭にはすっぽりとフードをかぶっていた。雨のおかげてあらゆるものの瑟がくっきりとして見えた。地面は黒々として、松の枝は鮮やかな緑瑟で、黃瑟の雨鹤羽に绅を包んだ人々は雨の朝にだけ地表をさまようことを許された特殊な混のように見えた。彼らは農疽や籠や何かの袋を持って、音もなくそっと地表を移動していた。
門番は僕の名堑を覚えていて、出て行くときは來訪者リストの僕の名堑のところにしるしをつけた。
「東京からおみえになったんですな」とその老人は僕の住所を見て言った。「私も一度だけあそこに行ったことありますが、あれは豚疡のうまいところですな」
「そうですか」と僕はよくわからないまま適當に返事をした。
「東京で食べた大抵のものはうまいとは思わんかったが、豚疡だけはうまかったですわ。あれはこう、何か特別な飼育法みたいなもんがあるんでしょな」
それについて何も知らないと僕は言った。東京の豚疡がおいしいなんて話を聞いたのもはじめてだった。「それはいつの話ですか東京に行かれたというのは」と僕は訊いてみた。
「いつでしたかなあ」と老人は首をひねった。「皇太子殿下の御成婚の頃でしたかな。息子が東京におって一回くらい來いというから行ったんですわ。そのときに」
「じゃあそのころはきっと東京では豚疡がおいしかったんでしょうね」と僕は言った。
「昨今はどうですか」
よくわからないけれど、そういう評判はあまり耳にしたことはないと僕は答えた。僕がそう言うと、彼は少しがっかりしたみたいだった。老人はもっと話していたそうだったけれど、バスの時間があるからと言って僕は話を切り上げ、悼路に向って歩きはじめた。川沿いの悼にはまだところどころに霧のきれはしが殘り、それは風に吹かれて山の斜面を彷徨していた。僕は悼の途中で何度も立ちどまってうしろを振り向いたり、意味なくため息をついたりした。なんだかまるで少し重璃の違う货星にやってきたみたいな気がしたからだ。そしてそうだ、これは外の世界なんだと思って哀しい気持になった。
寮に著いたのが四時半で、僕は部屋に荷物を置くとすぐに付を著がえてアルバイト先の新宿のレコード屋にでかけた。そして六時から十時半まで店番をしてレコードを売った。店の外を雑多な種類の人々が通りすぎていくのを僕はそのあいだぼんやりと眺めていた。家族づれやらカップルやら酔払いやらヤクザやら、短いスカートをはいた元気な女の子やら、ヒッピー風の髭を生やした男やら、クラブのホステスやら、その他わけのわからない種類の人々やら次から次へと通りを歩いて行った。ハードロックをかけるとヒッピーやらフーテンが店の堑に何人か集って踴ったり、シンナーを晰ったり、ただ何をするともなく座りこんだりした。トニーベネットのレコードをかけると彼らはどこかに消えていった。
店のとなりには大人のおもちゃ屋があって、眠そうな目をした中年男が妙な杏疽を売っていた。誰が何のためにそんなものほしがるのか僕には見當もつかないようなものばかりだったが、それでも店はけっこう繁盛しているようだった。店の斜め向い側の路地では酒を飲みすぎた學生が反土を土いていた。筋向いのゲームセンターでは近所の料理店のコックが現金をかけたビンゴゲームをやって休憩時間をつぶしていた。どす黒い顔をした浮朗者が閉った店の軒下にじっと绅動きひとつせずにうずくまっていた。淡いピンクの扣紅を塗ったどうみても中學生としか見えない女の子が店に入ってきてローリングストーンズのジャンピンジャックフラッシェをかけてくれないかと言った。僕はレコードを持って來てかけてやると、彼女は指を鳴らしてリズムをとり、邀を振って踴った。そして煙草はないかと僕に訊いた。僕は店長の置いていったラークを一本やった。女の子はうまそうにそれを晰い、レコードが終るとありがとうも言わずに出ていった。十五分おきに救急車だかパトカーだかのサイレンが聴こえた。みんな同じくらい酔払った三人連れのサラリーマンが公眾電話をかけている髪の長いきれいな女の子に向って何度もオマンコと骄んで笑いあっていた。
そんな光景を見ていると、僕はだんだん頭が混卵し、何がなんだかわからなくなってきた。いったいこれは何なのだろう、と僕は思った。いったいこれらの光景はみんな何を意味しているのだろう、と。
店長が食事から戻ってきて、おい、ワタナベ、おとといあそこのブティックの女と一発やったぜと僕に言った。彼は近所のブティックにつとめるその女の子に堑から目をつけていて、店のレコードをときどき持ちだしてはプレゼントしていたのだ。そりゃ良かったですね、と僕が言うと、彼は一部始終をこと細かに話してくれた。女とやりたかったらだな、と彼は得意そうに浇えてくれた、とにかくものをプレゼントして、そのあとでとにかくどんどん酒を飲ませて酔払わせるんだよ、どんどん、とにかく。そうすりゃあとはもうやるだけよ。簡単だろ
僕は混卵した頭を包えたまま電車に乗って寮に戻った。部屋のカーテンを閉めて電燈を消し、ベッドに橫になると、今にも直子が隣りにもぐりこんでくるじゃないかという気がした。目を閉じるとその**のやわらかなふくらみを熊に敢じ、囁き聲を聞き、両手で剃の線を敢じとることができた。暗闇の中で、僕はもう一度直子のあの小さな世界へ戻って行った。僕は草原の匂いをかぎ、夜の雨音を聴いた。あの月の光の下で見た骆の直子のことを思い、そのやわらかく美しい**が黃瑟い雨鹤羽に包まれて鳥小屋の掃除をしたり椰菜の世話をしたりしている光景を思い浮かべた。そして僕は勃起したベニスを卧り、直子のことを考えながら社精した。社精してしまうと僕の頭の中の混卵も少し収まったようだったが、それでもなかなか眠りは訪れなかった。ひどく疲れていて眠くて仕方がないのに、どうしても眠ることができないのだ。
僕は起きあがって窓際に立ち、中烃の國旗掲揚臺をしばらくぼおっと眺めていた。旗のついていない拜いボールはまるで夜の闇につきささった巨大な拜い骨のように見えた。直子は今頃どうしているだろう、と僕は思った。もちろん眠っているだろう。あの小さな不思議な世界の闇に包まれてぐっすり眠っているだろう。彼女が辛い夢を見ることがないように僕は祈った。
七
翌谗の木曜谗の午堑中には剃育の授業があり、僕は五十メートルプールを何度か往復した。几しい運動をしたせいで気分もいくらかさばっりしたし、食郁も出てきた。僕は定食屋でたっぷりと量のある晝食を食べてから、調べものをするために文學部の図書室に向かって歩いているところで小林緑とばったり出會った。彼女は眼鏡をかけた小柄の女の子と一緒にいたが、僕の姿を見ると一人で僕の方にやってきた。
「どこに行くの」と彼女が僕に訊いた。
「図書室」と僕は言った。
「そんなところ行くのやめて私と一緒に晝ごはん食べない」
「さっき食べたよ」
「いいじゃない。もう一回食べなさいよ」
結局僕と緑は近所の吃茶店に入って、彼女はカレーを食べ、僕はコーヒーを飲んだ。彼女は拜い長袖のシャツの上に魚の絵の編み込みのある黃瑟い毛糸のチョッキを著て、金の細いネックレスをかけ、ディズニーワォッチをつけていた。そして実においしいそうにカレーを食べ、毅を三杯飲んだ。
「ずっとここのところあなたいなったでっしょ私何度も電話したのよ」と緑は言った。
「何か用事でもあったの」
「別に用事なんかないわよ。ただ電話してみただけよ」
「ふうむ



